2007年07月01日
良さんの話 13.痒い痒い病
昭和20年9月、月寒の野戦病院から江差の実家へ復員した良さん(父)は、
痒い痒い病にかかってしまった。
衛生兵であったにもかかわらずである。
そこで、八雲近くの見市温泉へ湯治に行った。
湯につかってのんびりしたらしい。
あっと言う間に、治ってしまったと言う。
江差では何にもすることが無く、しばらく遊んでいた。
穀つぶしのままでは、まずいので職をさがし動員所で職を得た。
その後、動員所は、職業安定所、労働基準監督署、労政事務所に分かれる事になり、
良さんは、労基所で仕事をすることとなる。
戦後のどさくさではあったが、江差は穏やかであったみたいである。
だが労基所での勤めも続けられない、良さんにとっては辛いことが起こる。
痒い痒い病にかかってしまった。
衛生兵であったにもかかわらずである。
そこで、八雲近くの見市温泉へ湯治に行った。
湯につかってのんびりしたらしい。
あっと言う間に、治ってしまったと言う。
江差では何にもすることが無く、しばらく遊んでいた。
穀つぶしのままでは、まずいので職をさがし動員所で職を得た。
その後、動員所は、職業安定所、労働基準監督署、労政事務所に分かれる事になり、
良さんは、労基所で仕事をすることとなる。
戦後のどさくさではあったが、江差は穏やかであったみたいである。
だが労基所での勤めも続けられない、良さんにとっては辛いことが起こる。
Posted by あきひろ佐藤 at 07:46│Comments(4)
│父の話
この記事へのコメント
あ様
ご無沙汰です。
休み中、コメントありがとうございました。
終戦後、福岡周辺はGHQの拠点もあったので米軍がたくさん入ってきました。
私の父は、米軍の運転手助手みたいなこともやっていたようです。
黒人兵が運転するジープで、
自慢げにダイナミックな運転をして見せてくれたが、振動で彼自慢の腕時計がはずれてどこかに飛んでいってしまっておろおろしていた、というような話を聞いたことがあります。
冬野
ご無沙汰です。
休み中、コメントありがとうございました。
終戦後、福岡周辺はGHQの拠点もあったので米軍がたくさん入ってきました。
私の父は、米軍の運転手助手みたいなこともやっていたようです。
黒人兵が運転するジープで、
自慢げにダイナミックな運転をして見せてくれたが、振動で彼自慢の腕時計がはずれてどこかに飛んでいってしまっておろおろしていた、というような話を聞いたことがあります。
冬野
Posted by 冬野由記 at 2007年07月04日 21:48
冬野 様
ご来場ありがとうございます。
返信がおくれましてすみません。
父上様、いかがなのでしょう??
戦後、いろいろな価値観の転換に迫られ、さぞ大変なことだったと
思量します。
お父上、ジープですか???
かっこ良いですね。
うちの良さんは、そのあたり全くだめでして、運転免許を一度も持たなかった
人です。どう言ったらよいか、少しダザい、、、、
酒飲みですから、結果は良かったのですが、
私が子供のころ、何故うちに車が無いのか???と
正直、お隣さんを羨ましく思ったものです。
父上様の時計、どこの時計か気になります。
ご来場ありがとうございます。
返信がおくれましてすみません。
父上様、いかがなのでしょう??
戦後、いろいろな価値観の転換に迫られ、さぞ大変なことだったと
思量します。
お父上、ジープですか???
かっこ良いですね。
うちの良さんは、そのあたり全くだめでして、運転免許を一度も持たなかった
人です。どう言ったらよいか、少しダザい、、、、
酒飲みですから、結果は良かったのですが、
私が子供のころ、何故うちに車が無いのか???と
正直、お隣さんを羨ましく思ったものです。
父上様の時計、どこの時計か気になります。
Posted by あ at 2007年07月06日 00:34
>あ様
おかげさまで、父は復帰しました。
まだまだがんばってもらいましょう。
あと・・・コメント文章がわかりにくかったですね。
かっこつけてハードな運転をして見せてくれたのは黒人兵さんで、かっこつけて腕時計なくしておろろしていたのも、その黒人兵です。
助手席の父は、時計がふっとんで情けない顔をしていた黒人兵のようすがおかしかったと言ってました。
大柄な黒人兵からみて、小柄で痩せてた父は子供のように見えたはずです。それに当時の黒人兵は米軍の中でもいじめられてましたから、黄色いやせっぽち小僧をかわいがってくれてたのかもしれません。
冬野
おかげさまで、父は復帰しました。
まだまだがんばってもらいましょう。
あと・・・コメント文章がわかりにくかったですね。
かっこつけてハードな運転をして見せてくれたのは黒人兵さんで、かっこつけて腕時計なくしておろろしていたのも、その黒人兵です。
助手席の父は、時計がふっとんで情けない顔をしていた黒人兵のようすがおかしかったと言ってました。
大柄な黒人兵からみて、小柄で痩せてた父は子供のように見えたはずです。それに当時の黒人兵は米軍の中でもいじめられてましたから、黄色いやせっぽち小僧をかわいがってくれてたのかもしれません。
冬野
Posted by 冬野由記 at 2007年07月06日 23:25
冬野 様
あ、、、、そうですね。粗忽者の私は、このごろ、妙な思い込みを
してしまって、、、
運転していたのは、黒人の兵士だったのですね。
冬野さんも、父上様と、当事のことなどお話されてるようですが、
良さんの事を書くのに、電話取材みたいな事をして、
新たなことを発見したり、実家へ電話する口実にしている、「あ」です。
あ、、、、そうですね。粗忽者の私は、このごろ、妙な思い込みを
してしまって、、、
運転していたのは、黒人の兵士だったのですね。
冬野さんも、父上様と、当事のことなどお話されてるようですが、
良さんの事を書くのに、電話取材みたいな事をして、
新たなことを発見したり、実家へ電話する口実にしている、「あ」です。
Posted by あ at 2007年07月07日 09:54
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