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2007年03月06日

君が代の二番

卒業式のシーズン、立って君が代を歌うことや、伴奏の拒否など
裁判沙汰になっているケースがある。
ここの北国チャンネルでも、どなたか先の最高裁判決に対する
お考えを述べられていた。(どなたか失念して済みません)

東京のある小学校の音楽の教師が、君が代を伴奏したくないということで、
伴奏を拒み、式にはテープが流され、罰をうけたことが、思想、良心の自由を
侵されたというものだった。

そもそも、歌うことって、何なんだろうか?
好きな歌を自然に口ずさむ、それが原点のようなきがする。
そしてみんなで歌えば、より楽しいものになるとも思う。
どうも好きになれない歌の場合、自発的には歌わないだろう。
だが、式典のような場合、歌わざるを得ない場面に遭遇することがある。
それが君が代ならば、抵抗がある人がいても不自然ではない。 

そういう方達は、多分歌詞の内容、「君が代」が天皇の治世、
と解釈せざるを得ないからなのではないだろうか?
もちろん、今の憲法では国家国民の象徴とされているので、
構わないのでは?という方もおられよう。

私は子供のころ、君が代は、相撲の音楽だと思っていた。
意味らしきものを知ったのは高校の時である。
メロディーについては、尻切れトンボ、落ち無しのカビ臭い曲だなあ、、ぐらい。

出来ない事の理由を探して、物事を没にするのは容易な事だと思う。
反面どうしたら出きるかを見つけ出すのは難しいことだ。

もう2,3年前、ネットで真空管を探していて、偶然たどりついたのが、
染谷一裕先生のホームページである。(君が代の二番)
ご存知のかたもおられましょうが、染谷先生が自ら作詞されたものである。
君が代が民の世とすることで、救われる。
これだと、そんなに反感は持たないし、こういう選択もあってよいのでは?と思う次第である。
ただこれとて、決して強要できる筋合いのものではない。

歌詞はこれで、かなり受け入れられるように思うが、
曲全体が、受け入れられないとき、
私が先の裁判に登場する音楽教師の立場だったらどうしよう??

卒業式は卒業する生徒達やその親、送る生徒たちへのものだから、
自分も音楽に携わるものとして、なんとかしてピアノを弾きたい。
でも曲が気に食わない。

ならばリストばりの前奏をくっつけるとか、バロック風にアレンジしなおすとか、、、
あくまで格調高く、ちょっとばかり抵抗してみるか???
そうなりゃ、表現の自由が争点になるけれど、、、、

こういう考えは不謹慎だろうか?

なお染谷先生が作詞されたのは、君が代が国歌として法律で定められる以前の話である。


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Posted by あきひろ佐藤 at 23:09│Comments(5)雑感
この記事へのコメント
佐藤さんへ

明日から実家に帰ります。
ご心配していただきましたが、母はきょう退院することになりました。
しばらく様子をみましょうということで、手術はまだしていません。
まだまだ心配は続きますが、母に会いに帰ってきます。

ムラマツからのプレゼントは「ヴィラ・ロボス」の室内楽曲集のCDでした。
フルート、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ハープのための五重奏や
ちょっと武満徹さんのフンイキが漂う曲(?)、ドラマのBGMにもいいような曲、そんな感じのCDでした。Yume的には合格!

「Yume的って?なんだい?」と突っ込まないでくださいね。
Posted by Yume at 2007年03月08日 11:44
佐藤あ 様

 昔、ボクシングか何かのタイトルマッチで、あの坂本九さんが「君が代」を歌ったのですが、それを「君が代らしくない。不謹慎な歌い方だ」と非難されたのを、九ちゃんが「自分なりに心を込めて歌ったのに」と悲しんでいたのを観た記憶があります。もう随分昔の話ですが。

 歌詞自体は、本当は夫婦で相手方の(妻が夫の)長生きをお祝いする歌なんですがね。(昔四十歳くらいになると長寿のお祝いをする習慣があり、そのときによく歌われた俗謡だと思われます)古今集にもそっくりの歌が収められてます。
 そもそも「君」を「主君」の意味に使うようになったのはずっと最近のことで、もともとは男の連れ合いに対する呼称です。それから・・・
 天皇なら「大王」と書いて「おおきみ」と訓ませます。
 さらに、古い日本語では、助詞の「が」は決して目上の相手には用いません。
 ・・・とか何とか・・・いろんな理屈はあるんですが・・・

 理屈はともかくとして・・・明治の人たちが、この歌を天皇と国体への予祝とみなして制定したという伝統と、この歌に半世紀にわたって込められた歴史自体が拒絶感を呼ぶのでしょうから、理屈は野暮というものなのでしょう。
 その点「二番の歌詞」というのはひとつの見識ですよね。
 何か、今のすべての日本人が愛せるような(風景や愛情を歌ったような)和歌を万葉集とか古今集から拾ってくればいいのに・・・などと思ったこともあります。曲は「57577」に合うようにできてるんですから。
 ・・・恋歌じゃまずいでしょうね・・・・いい歌が多いんですが。

冬野
Posted by 冬野由記 at 2007年03月09日 00:29
Yume 様

そうですか、様子見。心配ですね。
でも心配するのが普通の反応で、心配しない人はビョーキですよ。
深刻な病でない事をお祈りします。
ヴィラロボス、存じ上げませんが、突っ込んだりはしませんよ。
好きと思う感性は、人それぞれ、
音楽が好きであれば、それで善しです。


冬野 様
坂本 九さんの事、私も聞いた事があります。
ボクシングでした。(かわいそう)

連れ合いの長寿を願う歌ですか、知りませんでした。
ただ、岩というのが、小さい石(さざれ石)が、何千年もかかって大きくなる
という古代思想から来ているところから、
かなり古い歌だろうとは、思っていました。
明治に、元の歌の一部、そして二番も省略し、現在に至っている所、
歴史的には浅いのですね。

恋の歌でも、良いような気がします、皆が抵抗なく歌えるのならば、、、、
別に詩、谷川俊太郎、曲、富田勲、三枝茂章、森山直太郎とかで、
新たに作曲するもありかな?(NHKの合唱課題曲みたい?)

先日2006年プロムス、録画してあったのですが、
最後のほうで英国国歌、それこそ何千人もの人が、歌うのです。
1900年初頭に作られた歌なんですけれど、歌詞見てビックリ!!!
誰も疑問に思っていないみたいに、堂々と。
羨ましいというか、何というか、、、、
Posted by 佐藤あ at 2007年03月09日 23:34
君が代はもともと二番が実在しています。
いうならば三番でしょう?
Posted by かーる at 2007年04月16日 10:23
かーる 様

ご来場ありがとうございます。

冬野 様へのコメントに、私が述べているように、
オリジナルの2番があった事は存じ上げております。
それが歌われなくなり、一番のみ歌われるようになった、、
そういう意味で、染谷先生も二番をご提案されたわけでしょう。

今、国民の選んだ代表が、立法として国旗、国歌を定めたわけですから、
好き嫌いにかかわらず、大人のとるべき振る舞いは明白でしょう。
Posted by at 2007年04月17日 06:14
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